アークランプ

ITアーキテクトが、ビジネス書とかデザインとか建築とかからシステム開発を妄想するタンブラー。ブログ:http://www.arclamp.jp/

その河北新報社が、正月3日の社説で、東北再生への提言について論じている。 まさに今年を東北復興元年として新たな気持ちで生きていこうという趣旨で 書かれているが、東京で論じられている浮ついた理想論では全くない。やはり、 東京発の全国紙では論じられない、地元紙ならではの地元密着型の復興論と なっている。まず、復興の基本理念は①「おこす」:創造的な発想、 ②「むすぶ」:人や地域のきずな、③「ひらく」;グローバルな視野と、3つ のポイントで纏められている。

そして、何よりも重要なことは、「制度を地域に当てはめる」というTOP ダウンの発想ではなくて、住民一人一人の多様なニーズを支援し生活再建を 助けていくという逆転の発想が重要だと説く。地勢や伝統文化、産業構造も それぞれ異なる被災地において、一番大事なことは共助の精神で結ばれた コミュニティーの再建だというのである。こうした多様性こそ、東北再生の エンジンにしていくべきだと主張する。

特に、最も津波の被害が大きかった三陸沿岸地域の主産業は、やはり水産業 である。それも、単に魚を獲るということでは町の雇用は満たしきれない。 加工・流通を伴う水産都市としての6次産業化を図らなければならない。現実、 三陸各地の水産加工業の原料の大半は海外からの輸入水産物であった。基本 理念の中にある「グローバルな視野」は単なるお題目では済まない現実がある。

109 震災復興について « 千秋日記 (via clione)

この「一人一人の多様なニーズ」からボトムアップで制度を組み立て行く作業にITが関与すべきと思っている。もはや人間では管理しきれない。今風に言えば「アーキテクチャによる統治」かな。そして、これは日本全国に当てはめるべきこと。

(via clione)

かといって顧客の顔が見えるプライムを取れる規模の会社で待っているのは、出世魚キャリア(PG→SE→PM)という分断的なキャリアパスだ。これはプログラマにとっては辛いキャリアパス。専門性を磨き続ける技術職の行く末が工程を統括する監督というのは、野球のピッチャーがサッカーの監督をやるような感じだ。プログラムマネジャーなら直線的だが、プロジェクトマネジャーになることは相当なジョブチェンジであることは議論の余地がない。僕も昔はスーツの行く末を知るために「コードを書くのを辞めた」ものだ。今はその必要が全くないけれど。

俺たちは「開発の現場」が好きなんだ - Life is Really Short, Have Your Life!!

あえて。PMって、それはそれで専門的な技術職(テクノロジーよりはテクニック的な意味で)だということが身に染みてきた今日この頃。PM職が強制されたり、それがゴールみたいな扱いはダメだけどキャリアパスとしてはあり。「そもそもPMがダサくてオワコンでアーキテクトがトレンドでハッピーかどうかなんて全て自分が決めれば良い話で、外野の基準はどうでも良いというのが正しいと僕は思います」ってことでは。

 彼らの立ち振る舞いを考察した高橋氏は、あることに気づきました。彼らは、「仕事ができない」というより、「できない」ことをさらけ出しているようなのです。

 「自分はできないので、人にやってもらうしかなく、それを自覚するゆえか愛想がよく、まわりも思わず手を貸したくなる。実際、こういう人がリーダーになると組織は活性化する。例えば会議でも、まず彼がダメなアイデアを口にする。部下たちは”そんなんじゃダメですよ”と思い、次々とアイデアを出す、というか出しやすくなるのだ。リーダーがダメだから俺が頑張ってあげようと、優越感とともに能力以上の成果をあげたりするのである」(高橋氏)

 リーダーが「できる人」だと、部下は従うしかないといったことが多くみられます。ミスを犯さぬよう委縮したりするので、アイデアもリーダーの考えのミニチュアになったりすることも。常に新しいアイデアが求められる組織においては、何の益もありません。

 リーダーには統率力や決断力が必要などとよく言われますが、本当に大切なのは本人の能力より、人の能力を引き出す「引力」だと、高橋氏は分析しています。

出世する人は“仕事ができない”ことをさらけだす? (WEB本の雑誌) - Yahoo!ニュース

仕事の多様化によって実務遂行能力獲得に限界が来ていて、そうなるとリーダーシップのスタイルも統率/牽引型から促進/後押し型になるしかないということでは。

前澤氏はスタートトゥデイ社員の給料を、同じ肩書きで一律、個人業績給もなし。そして、ボーナスは全社員同額に決めた。給料に差があるのは、あくまで肩書きに応じたものだけだという。

「がんばりとお金を切り離したんです。そもそも、人は幸せのために働くんじゃなくて、人の幸せのためだったり、世の中の役に立ったり、そういうことのために働いていると思うので。いま仮に紙幣や経済がなくなったとしても、”自分たちが世の中の役に立っているのか”と考えて行動してみるとか、意識から変えられることもあると思っています」(前澤氏)

 ファッションの”売り方”を変えた同社は、社員の”働き方”まで変えようとしている。

ZOZOTOWN 時価総額2000億円で全社員ボーナス一律 - BOOK STAND|WEB本の雑誌

役職制度まで並べないと分からないけど、基本的には役職と人数が固定化され、その奪い合いが行われるということ。おそらく半期での昇降格が激しくなるんだろうな。そっちに人事制度を倒すのって、組織を肩書き重視にするということで、とてもベンチャーらしいとは思えないけどな。後段の前澤さんのコメントも意味不明だし。大丈夫かいな。

複雑性をシステムサイドに移動させるには、UIをモードレスにして、「タスク選択」という課税的な操作を「オブジェクト選択」の操作に同化させてしまうのが有効です。そのためには、明文化された要求事項から「タスクの手順」を探るのではなく、「オブジェクトの性質」を探らなければならないのです。そして、出来上がったデザインが事前に定義した要件と異なるスコープを持っていたとしても、結果的にそれが役立つなら、それを受容するべきなのです。何かをデザインとは、そういうことではないでしょうか。

Complexity | Modeless and Modal (via ishibashi)

とても面白い。とはいえ、オブジェクトがユーザーに行動をアフォードできるようにデザインするのは簡単ではないけども。

(via ishibashi)

まずはSI業界の話から始めよう。

案件プライムを取ってこれるような大手システムインテグレータでの

システムエンジニアの最終的なキャリアパスは、PMである

システムインテグレータは若手を、PMにいたるまでのキャリアパスへと

導くための初歩的なプログラミング経験や、運用技術の実務経験を積ませていく。

その成長過程で重視され、身につけることを求められているのは、技術力よりもマネジメント能力と業務知識だ。

からプライムを取るシステムインテグレータであればあるほど

技術力よりも対人折衝力と大勢を指揮するマネジメント力が重視され、技術力は他社任せなってくる。

まりシステムインテグレータでは社内の技術力を追求していない。

技術力は下請けやオフショアを受注する海外に求めていて、

システムインテグレーター自分たちがデザインしたシステムを作るうえで

自分たちがもっていない必要な技術を、ベンチャーや下請けを使って組み合わせていくからだ。

それを可能にする能力であるマネジメント能力と業務知識こそが、システムインテグレータ社員のMUST要件だ。


WEB業界ゲーム業界も、プラットフォーム屋や

パブリッシャーであればシステムインテグレータ同様、マネジメントと対人折衝力が求められるが、

下請けに入っている開発会社では、売れるもの自分たちで組み立てていく技術力を求められている。


今、ゲーム業界ソーシャルゲーム時代になっている。

そこではソフトハウスパブリッシャーの持つ商流に頼らなくても

直接エンターテイメントを一般ユーザへと公開できる環境が整っている。

パブリッシャーソフトハウスの関係を、システムインテグレータと下請け

の関係の比喩として考えるなら、今はクラウド的なプラットフォーム上に

技術力を持った下請けやベンチャーが直接サービス提供できる時代になって

いる状況でSI屋が直面してきた危機と同じ危機が、プラットフォーム屋や

パブリッシャー、・・・中でもゲームハードを持ったパブリッシャーを悩ませているように見える。


システムインテグレータやパブリッシャーは今までは販路を握って

マネジメントとカネでそれぞれの領野のビジネスを仕切っていたが、

今はその販路が、システムインテグレータの場合クラウド的なもの

ゲーム業界場合ソーシャルゲーム的なものを通じて開発会社が直接顧客リーチし、

バイラ効果検索連動型広告縦横無尽流通する様相を呈しつつある。

システムインテグレータの受注能力と、パブリッシャーの販路を中抜きしたビジネス

成立するようになっているのである

SIerが技術力を求めているという誤解 - AFTER★SE7EN (via sironekotoro)

結論として「ゲームのような独立した小型アプリはクラウドに流れる」は理解できて、ただ、それはSIerの牙城ではない。むしろ、いままでは小さな個人ソフトハウスがやってきた部分にクラウド(=単一技術)を通じてSIerが入ろうとしているのでは。いろいろと論点は多いですよ。

 ゲーミフィケーションの要素としてはいろいろある。企業で起きる特定の課題に対処するためには、ある特定のスキルや武器や防具などの装備、一定以上の「レベル」を備えたメンバーが複数人必要だ。では、だれがその課題解決にふさわしい「バッジ(職位や資格)」を持っているのか。そのふさわしい人は今どんな状態で、プロジェクトに参加できるのかできないのか。そもそも周囲にはどんなバッジを備えたメンバーがいるのか。先に言ったように、それは現場の人がよく知っている。  

 マルチプレイヤーのオンラインゲームでは、ゲーム参加者がそうしたプロセスを参加者同士で自然と処理し、冒険に参加している。その意味で、ナレッジワーカーの現場とマルチプレイヤーのオンラインゲームは非常に近しい形態を持っている。

ゲーミフィケーションで顧客の変化に対応、セールスフォースのサイエンティストが語る:ITpro (via suijackdo)

BtoCから学ぶBtoE

(via tyama1965)

セールスフォースがこれ語ってる、というのを考えるといろいろ大変だなぁ、と。

(via swmemo)

チームマネジメント論にゲーミフィケーションを持ち込むのか。結局、パラメタ化して測定可能にしないと気が済まないのだろうな。

(via swmemo)

新しいデザインは必ず単純な形をしています。人間は考えることができなくなると、モノを複雑にして惰落していくのです。
TORNADO BASE / 成田亨と特撮美術 (via d-d-d, lavis) (via angry-passion) (via ririririri620) (via sasachin14) (via angry-passion) (via kitune) (via c-f-m) (via tknr) (via mxcxrxjapan) (via hsmt) (via l9g) (via papapantu) (via furoneko) (via layer13) (via shinoddddd) (via edieelee) (via sironekotoro)

楽しいところに集まった人たちは、楽しいところを作った人に感謝して、何かしてあげたいと思うという、良いスパイラルができる。

ネガティブな言動は一見かっこいいけど、最終的に何かの否定でしかないから、価値観にならない。ポジティブな言動は価値観を作り、そこに人が集まる。

どっちを選ぶかは人の自由だが、僕は新しい価値観を作って、人が楽しむことをしている人を高く評価する。

ウェブの皮肉屋に、金銭や労力といったコストをかけてくれる人はいない - ARTIFACT@ハテナ系

まさに。何かを否定する側から、何かを作る側に来たいなら、相応の覚悟がいるということ。

「ピーク時供給力」を、稼働可能な設備のフルの容量ではなく、そのつど東電が恣意的に決めた「供給目安」の数字とすることで分母を減らすのがその手口で、実際より15%も上乗せされている日もあった。

(via 東電、電力使用率を情報操作 恣意的に数値を高く見せる:MyNewsJapan)

まったく、東電ってのはけしから…ってオイそれ安全率かけてるだけじゃねーの?
重要なインフラで安全率1.15ってのは、母数の変動幅は知らんけど、それでもギリギリまで削った値だと思うぞ。
ちょいと調べたら、宇宙工学機器レベル(極限まで削り倒し)で安全率1.15だそうな。

というか、配電エリアごとに精密な配電能力があってこそ15%まで削れた、ってのはすごいことなんじゃねーの?
まさか、「全体の発電量」が東京電力のカバー範囲にあまねく自由に分配できる、なんて思ってる人が…いるんだろうな。きっと。

(via twinleaves)

(via sironekotoro)